2026.2.1 今月のワン🐶【尾原蓉子さん】
今回ご紹介するのは、元 IFIビジネススクール(一般財団法人 ファッション産業人材育成機構)学長、
現在日本FIT会名誉会長、尾原 蓉子さん
旭化成出身。1966 年米国F.I.T.(ニューヨーク州立ファッション工科大学)に留学。
『ファッション・ビジネスの世界』の翻訳出版により「ファッション・ビジネス」の言葉と概念を日本に初めて紹介。
以来、“ファッション産業の発展”、“プロフェッショナルの育成”、“ビジネスでの女性活躍”に注力。
28年継続した「旭化成FITセミナー」ではユニクロの柳井正氏はじめ業界リーダーが多数学んだ。
IFIビジネススクール学長(1999-2009)。
WEF(ウィメンズ・エンパワメント・イン・ファッション)創設者・名誉会長(2014-2023)。
東京大学卒。米国F.I.T.卒。ハーバード・ビジネススクールAMP(Advanced Management Program)卒。
著作に:
『ファッション・ビジネスの世界』(訳書)A. Jarnow著、東洋経済新報社1968)
『Fashion Business創造する未来』(繊研新聞社2016)
『Break Down the Wall-環境、組織、年齢の壁を破る』(日本経済新聞出版社2018)
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あのアメリカはどこへ行ってしまったのか?
1955年、AFS高校交換留学プログラム29人の一人として、横浜から氷川丸で14日、米国ミネソタ州のMankatoハイスクールに留学。
戦後10年の貧しかった日本から、“Golden Fifties”と呼ばれた“輝ける50年代”の米国の、日本人が一人もいない町で1年を過ごした。
最大の学びは、「女性でも、自分の得意を活かして活躍できる」だった。
近所の女医は、乳児をベビーシッターに頼める10時―4時のみ診療所を開けていた。
自分の条件で生き生き働く女性がまばゆかった。
1966年、ニューヨークのF.I.T.でフルブライト留学生として「ファッション・マーケティング」を専攻した時は、米国ファッション産業の最盛期。
ここで学んだプロフェッショナリズムは、まさしく私の血となり肉となった。
真の「プロフェッショナル」を自負する専門家は、謙虚で、研鑽努力を絶やさず、「プロの名に恥じない仕事」を誇りとしていた。
3度目、1997年の留学は、ハーバード・ビジネススクールのAMP(10週間の経営者向け合宿コース)。
世界中からの180名余の受講者に交じって、男女・国籍の隔てなく、1日3事例のケーススタディで議論を戦わせた。
時は、米国のITバブルの真っ最中。教授陣が先端テクノロジーとインターネットが革新する世界を熱っぽく論じ、
米国の繁栄ぶりを印象付けた。
AMP卒業に当たって、卒業生代表としてスピーチする2人に、米国人とNon-Americanの私が選ばれた。
受講者は半数以上が英語圏以外から。
テーマを「リーダーシップ」とした私は、(私が代表する)米国以外の出身者にメールで意見を聞き、大いに共感した。
いわく、「米国は確かに大国で多くの面で世界をリードしている。しかし世界には長い歴史、固有の文化をもつ小国も多い。
米国は自分中心の傾向が強すぎる。もう少し他国への配慮が欲しい」。

国際理解とコミュニケーションの難しさをアッピールするため、私はスピーチの冒頭30秒を日本語で話すことにした。
何事かと静まり返った会場は、英語に切り替え、ジョークも分からず苦労した10週間はこんな感じだったとユーモラスに話すと、
ドッと湧いた。
「異なる国/文化とのコミュニケーションの難しさ」が初めて理解できたと、アメリカ人も駆け寄ってくれた。
それから約30年。米国は変わった。
同時多発テロ、イラク攻撃、リーマンショック、コロナ禍。そして拡大する富の格差と、
この間急成長したインターネットとAI、特にSNSの不正利用を含む拡散は、利己主義の助長と人々の分断を押し進め、
これを恣意的に利用する勢力に利する結果を生んでいる。
これらは米国だけの現象ではないとしても、米国が現大統領により、「力こそが正義」とばかり、
同国内、国際社会を問わず法の支配や国際協調への攻撃を強めていることは、まことに悲しい。
輝いた時代の米国で多くを学んだものとして、
「人間の性(さが)」と「リーダーの条件」という歴史的な命題に想いを巡らしている。